江戸城 東京都千代田区
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| (左)桜田巽櫓,桔梗門,富士見櫓 (右)鯱 |
| 築城年 |
1457(長録1)年 |
| 歴代城主 |
太田氏、扇谷上杉氏、後北条氏、徳川将軍家、天皇家 |
| 別 名 |
東京城 |
| 形 式 |
平城 |
| 遺 構 | 【現存】天守台、田安門、伏見櫓、多聞櫓、半蔵門(和田倉門から移築)など 【復元】富士見櫓、大手門、百人番所、外桜田門など |
| 解 説 | 長禄元年、太田道灌により築城されたが、上杉定正により暗殺される。道灌を暗殺した定正は養子の朝良を城代とする。1525(大永4)年、北条氏綱が上杉氏を破ると、道灌の孫、太田資高に守らせた。 関が原合戦後、徳川氏は江戸城を本拠に定め、修築を実施。1607(慶長12)年、家康は天守を築造する。黒を基調とした豊臣秀吉の大坂城とは対照的に、白漆喰の塗籠を採用し、屋根は鉛瓦で、雪山のように白く輝いていたらしい。大きさは大坂城の2倍もあり、豊臣氏から徳川氏への政権交代の象徴ともいえるものであった。1622(元和8)年、二代将軍秀忠は家康の初代天守を取り壊し、さらに巨大な二代目の天守を築造する。さらに、三代将軍家光はこの日本最大の天守を解体、外壁を黒塗りの銅板張りに変えた。 ところが、1657(明暦3)年正月の「明暦の振袖火事」で焼失。その後天守は再建されなかった。 |
| アクセス | JR東京駅、地下鉄大手町駅、九段下駅など
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| 高麗門の枡形 |
石室 |
大手門 |
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| 富士見櫓 |
天守台 |
天守台上の枡形虎口 |
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| 大番所 |
同心番所 |
百人番所 |
| 感 想 |
東京に住みながら、「皇居」としてしか見ていなかった「江戸城」。「桜の城が撮りたい!でも、時間もないし、江戸城でも・・・。」と出かけていったのですが、結果、ナメてました。まず、その規模の大きさにびっくり!JR中央線の飯田橋駅付近から見える釣堀(東京在住の方なら一度は目にしたことはあると思いますが)は江戸城の外堀跡だそうで、さすが「日本最大の近世城郭」!といったところです。各門の枡形や完成され尽くした石垣など、見応え充分。とても半日程度では回りきれる訳もなく、近いうちに出直しです…。 ちなみに宮内庁に電話予約(10日前までに)すると、普段遠くからしか見られない富士見櫓が間近で見られるそうです。 |