土気城 千葉県千葉市緑区土気町城ノ内・大手
| (左)クラン坂の切り通し。この垂直削崖は凄い!夷隅や安房地方の中世城郭っぽさが漂います。 (右)U郭前の土橋と空堀。現在は日本航空の研修所。 |
| 築城年 |
1488(長享2)年 |
| 歴代城主 |
土気氏、酒井氏 |
| 別 名 |
貴船城 |
| 形 式 |
平山城 |
| 遺 構 | 土塁 |
| 解 説 | 聖武天皇の頃、大野東人が対蝦夷の軍事拠点として、この地域に城砦を築いたと伝えられている。1488(長享2)年に酒井定隆が再興して以来、土気酒井氏の本拠となったと言われているが、十六世紀には東金城にも酒井氏が入っており、酒井氏は原氏のもとで、土気と東金を拠点に上総・下総の国境地帯の領主として勢力を保持したようである。もっとも、「境目の城」の城主であった酒井氏は、小弓公方足利義明成立後はこれに属し里見氏とともに反北条氏側であったが、第一次国府台合戦で義明が滅んだ後は状況に応じて北条氏への従属・離反を繰り返し、生き残るために苦慮した。しかし、天正3年に北条氏政に攻められ壊滅的な被害を被り、北条氏の支配下に組み込まれている。 城址には日本航空の研修所が建っているが、概ね遺存状況は良く、大手である西側には上総・武蔵地方的な深い空堀が、搦手にあたる北東は下総地方の里見氏系城郭で見られる削崖(垂直切岸)技術が見られる。 |
| アクセス | JR土気駅〜徒歩20分 |
| 近くの城 |
大椎城 |
感 想 |
いやぁ、何とも妖気の漂う城址です。実は、同行していた隊員ひとりが「胸を締め付けられる」ような体調になってしまいまして・・・(苦笑)。本佐倉城とこの土気城は何かありますよ〜。本丸を囲うように削られている切り通し付近は「クラン坂」と呼ばれていて、「昼でも暗い」ことが語源だそうで。確かに、この辺りなんて、気味悪いですが・・・。 遺構は思っていた以上に明瞭に残っていました。「日本航空研修所」への立ち入りは禁止されているとのコトだったので、諦めていたのですが、そこで工事している地元のおじさんに尋ねると、「入っていいヨ〜!」との事。地元住民さんの"許可"を得て、ささっと写真だけ撮らせてもらいました(笑)。これって、実は超・貴重ショットだったりして!? |