曳馬城 静岡県浜松市元城町
| (左)曳馬城跡 (右)遺構らしいものは何ひとつありません・・・ |
| 築城年 |
不明。永正年間(1504〜21)という説も |
| 歴代城主 |
巨海氏、大河内氏、飯尾氏、徳川氏 |
| 別 名 |
引馬城、引間城、匹馬城 |
| 形 式 |
平山城 |
| 遺 構 | なし |
| 解 説 | 築城者、築城年代には諸説あり定かではないが、史料上では1512(永正9)年、斯波氏の被官である大河内貞綱が曳馬を占拠しており、伊勢新九郎(後の北条早雲)の助勢を得た今川氏親が貞綱を滅ぼし、飯尾賢連が城主となったことが明らかになっている。この時の金掘りを使っての曳馬城攻めは「宗長手記」にも記されており、有名。 その後、1560(永禄3)年に今川義元が桶狭間の戦いで織田信長に敗れたことで、三河の今川氏の人質であった徳川家康が自立、当時曳馬城を守っていた飯尾連龍も家康に通じ、今川氏と絶縁。これに対して今川氏真は曳馬城を攻撃したが成功せず、一旦連龍と講和を結び、駿府に呼び出し暗殺する。飯尾氏は滅亡し、その後を継いだ江馬氏も内紛により滅亡。家康はこの空白地となった曳馬城を接収した後、掛川城に籠もる今川氏真を降伏させ、実質上遠江を掌中に治めた。 曳馬城は浜松城築城の際、その一郭に取り込まれ、現在は東照宮境内が城址となっている。 |
| アクセス | JR東海道線浜松駅〜徒歩20分 |
| 近くの城 |
浜松城 |
| 感 想 【おすすめ度】 E |
浜松城から徒歩5分程度の場所にあるので、ついでに訪れてみても良いと思いますが、城址碑以外、何も遺構は残っていません。その城址碑も目立たないところにポツンと建っていました。まぁ、浜松城に行った時に初めて曳馬城の存在を知ったわけで、東京近郊以外の城めぐりで、ここまで遺構の残っていない城址というのもかえって新鮮でした。浜松城のページでも触れましたが、この日はデジカメの充電切れが心配で心配で…。必要最低限しか写真は撮っていません。 |