天神山城 埼玉県秩父郡長瀞町大字岩田城山
| 天守 |
| 築城年 |
天文年間(1532〜55) |
| 歴代城主 |
藤田氏 |
| 別 名 |
白鳥城、根古屋城 |
| 形 式 |
山城 |
| 遺 構 | 模擬天守、空堀、石垣 |
| 解 説 | 武蔵七党の猪俣党に属した藤田右衛門佐重利が築城。重利は後に北条氏康より「康」の一字を貰い、「康邦」と名乗っている。重利は天文15年の河越夜戦以降、関東に勢力を伸ばしてきた北条氏に和睦を申し入れ、氏康の三男氏邦を天神山城主に迎え入れた。 その後、天神山城は上野・甲斐・信濃方面に対する備えとして機能したが、氏邦は鉢形城を修復し移住。天正18年(1590)、豊臣秀吉の小田原攻めにより鉢形城が落城。天神山城も開城した。 麓に白鳥天神があり、別名「白鳥城」はこれに因んでつけられた。昭和45年、本丸跡に模擬天守が建てられた。 |
| アクセス | 東武東上線野上駅下車〜徒歩20 |
| 近くの城 |
| 大手桜: 天神山城の大手門にあったとか・・・。 |
堀切上の鉄橋: 堀切にかかっています。 |
天守内部: 崩壊しています。床は朽ち果てて穴が開いていました。 |
| 天守内部: 壁にかかった天守竣工式(?)の写真が悲しみを誘います。 |
城下遠望 |
コンクリの天守台(?)には鉄砲狭間が! |
| 事務所: 壁には絵が。何が描かれていたのか、今となっては知る由もありません |
野上駅にて: この日はたまたまSLが走っていました。 |
天神山城遠景: 秩父鉄道野上駅から。 |
| 感 想 【おすすめ度】 C |
野上駅からでも山頂の模擬天守がかすかに見えます。 登城口が見つからず、適当な所(確か祠があったような…)から「強行直登」!強行突破は想定していなかったため、スニーカーでの登山に滑りまくりました。おまけに、枯れ木が多く、摑まった木が「ポキッ!」。・・・かなり激しい戦いでしたが何とか頂上まで辿り着きました。 目の前にある藪の間からは、朽ち果てた天守が!城門が開いていたので、中を覗いてみると、凄まじい荒れようでした。詳細は写真を見ていただくとして、「落城した天守」以外にも(ってゆーか、本来の)見どころは、天守前の比較的大きな堀切でしょうか。本郭周辺は、ほとんど埋もれてしまっており断定は言えませんが、竪堀がかなりの数に及んでいます。畝状竪堀のように見えなくもないですが、どうなのでしょうか。それに石垣も小規模ですが、見る事ができます。本当はもっと大きく明瞭な石積み遺構があるのかもしれませんが、あまりの藪と暑さに断念。 あとは・・・下山じゃ〜!あれ?結構、ちゃんとした道がある?何!?「私有地につき、立ち入り禁止」だと〜!?」やばい!ズラかれ! |