わかみやクラブ・城部 <会津若松城2>

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会津若松城(2)  福島県会津若松市追手町  ⇒会津若松城@もご覧ください。

麟閣越しに見た天守 南走長屋と天守
(左)麟閣越しに見た天守 (右)南走長屋と天守

築城年
不明
歴代城主
蘆名氏、伊達氏、蒲生氏、加藤氏、松平氏
別 名
鶴ヶ城、黒川城
形 式
平城
遺 構 【現存】御三階(移築現存)、石垣、堀
【復元】天守、走長屋、南走長屋、干飯櫓
解 説

 もとは蘆名氏の居城であったが、1589(天正17)年、伊達政宗が蘆名義広を破り、そのまま在城。翌年、弟の小次郎を溺愛していた母から食事に毒を盛られるという事件が黒川城(会津若松城)で起こった。政宗は母の逃走を許したが、小次郎を自ら殺害した。

 その後、入封した蒲生氏郷が改修。当時の天守は黒い7層だったが、地震で倒壊。のちに加藤氏が5層に改築した。

 また、戊辰戦争での旧幕府軍と新政府軍による激戦地でもある。無数の砲弾を浴びながらも落城はしなかったが、籠城員数が予想以上であったため、城中はパニックし開城した。そして、何といっても「白虎隊」が有名。元々は七重天守だったが、寛永年間に五重に改められたらしい。天守内部は郷土博物館となっている。

アクセス

JR磐越西線会津若松駅から徒歩orバス

新宿駅から高速バスが出ています。
近くの城
神指城 まで4km程度(タクシー利用で往復3000円越えるくらい。見どころはほとんど無いので、待たせておいた方がベター。途中、阿弥陀寺を経由してもらうコースが合理的。)


天守内部1
天守内部2
天守内部3
天守内部1:
じゃ〜ん!これが天守内部。この反対側が問題のお土産屋さんです。

天守内部2
展示室への階段。ここから先は撮影禁止です。

天守内部3:
階段の脇に石垣が。

天守から見た太鼓門跡
天守から見た旧表門
阿弥陀寺:御三階
天守から見た太鼓門跡:
武者走りや枡形がよくわかります。
天守から見た旧表門:
枡形虎口がよくわかります。
移築現存する御三階(阿弥陀寺):
あった!これを見るために来たようなものです!

 

→その他の写真も見る

感 想

【おすすめ度】



にランクアップ!

《前回⇒会津若松城@もご覧下さい》

 意外と駅から遠い。町行く人に聞いても「歩いていくんですか?」みたいな反応で不安になるが、30分ほど歩き到着。高石垣と堀の迫力に圧倒されながら入城。そして、いよいよ天守攻略!胸を弾ませ入ったところ、何といきなり「お土産屋さん」が!中も鉄筋コンクリートで、姫路城を見て育った私としては外観との落差に少しがっかり…。気を取り直して上の階へ。場内展示は充実していて見ごたえがあります。「城郭遺構」はもちろんのことですが、「戊辰戦争の舞台」としてのイメージが強く残りました。・・・なんてったって“白虎隊”ですからね。最上階からの眺望は最高。実は、「積雪の会津若松城」を撮りにいったのですが、時折雪がチラつくものの積雪は皆無!タクシーの運転手さんに尋ねたところ、「雪は12月だよ〜!」だって。「公共交通機関を駆使し、いかに安く城巡りをするか」をモットーにしている私にとって、何としても日帰りせねばならず、ゆっくり城下町散策・・・というわけにはいきませんでした。

《再訪》
 
そんな訳で、タクシーの運ちゃんの教え(?)を守り、12月に再びやって参りました、会津若松。しっか〜し!降っとらん!雪が!まるで無い。寒いだけだ。どういう事だ?まぁええわ。

 前回の反省を踏まえ、会津若松駅からソッコー、市内循環バスに乗車。途中、「野口英世青春ロード」などを通りながら、楽々と到着。駅から城址まで約2Km。2Kmって、歩けそうで実際歩くと結構な距離があることに今更ながら気付く。前回訪問時は急ぎ足での見学になってしまい、見ていない場所がかなりあったので、天守内部の展示はそこそこに、本丸・二の丸を一周しました。こうして再度訪れてみると、見落としていた場所や新しい発見があるものです。太鼓門や表門の枡形なんかも、ミョーに感動してしまいました。雪は降ってなかったけど。あと、阿弥陀寺というところ(JR七日町駅の前です)に移築現存する「御三階」も見ることができて大満足でした。雪は積もってなかったけど。神指城へ向かう途中、タクシーを利用したのですが、その運ちゃん曰く、「雪は2月だよ。」だって。おいおい、どっちやねん!


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