名古屋城@ 愛知県中区本丸 ⇒名古屋城Aもご覧下さい。
| |
| (左)名古屋城大天守と小天守 (右)西南隅櫓と天守 |
| 築城年 |
1612(慶長17年) |
| 歴代城主 |
徳川家 |
| 別 名 |
金鯱城、金鱗城、金城、蓬左城、楊柳城、柳が城、亀尾城、鶴が城 |
| 形 式 |
平城 |
| 遺 構 | 大天守(復元)、小天守(復元)、西北・西南・東南の各櫓(現存)、表二の門(現存)、正門(復元)、石垣、土塀など |
| 解 説 | 関が原合戦後、江戸幕府を開いた徳川家康が1609(慶長14)年、東海道の要所として、また、大坂方への備えとして、清洲から名古屋へ遷府を決定し、加藤清正、福島正則ら諸大名20名に普請を命じ築城。以来、尾張徳川家の居城として栄えたが第二次世界大戦の空襲で焼失。1959(昭和34)年に再建され、「日本三大名城」のひとつ。 関が原合戦後、豊臣氏と西国の豊臣恩顧大名との分断を目的に形成された"豊臣包囲網"の中で、名古屋城はその最終防御の核として築城されたようである。関が原合戦では、大砲をはじめとする火力兵器の出現・増大により、伏見城、津城、岐阜城などこれまで"難攻不落"とされてきた織豊系城郭があっさりと落城してしまったことを踏まえ、曲輪と堀の巨大化、平坦な多聞櫓、門の形の統一・標準化などの対策が具現化されている。 |
| アクセス | 地下鉄・名城線「市役所」下車〜徒歩10分 JR名古屋駅〜徒歩30分 |
| 近くの城 |
清洲城など。とにかく北へ向かいましょう! |
正門:昭和34年再建 |
西南隅櫓から見た天守 |
西南隅櫓(現存): 未申請とも言われる。地震での倒壊後、修理復旧された。 |
| 表二の門(現存):重要文化財です
|
本丸内の石垣 |
石垣の刻紋: 築城時に諸大名が自分の選んだ石を区別するために描いたという。 |
| 展示:金鯱 |
天守下の空堀 |
乃木倉庫 戦時中、乃木大将が建てたそうです。 |
| 清洲櫓(現存): この日、偶然にも内部公開していました。 |
清洲櫓内部: 貴重です!現存櫓の内部 |
剣塀: 大天守と小天守の連結部分。槍の穂先を付け、侵入できなくしている。天守間の行き来を外部から見えなくする役割もあるという。 |
| 感 想 【おすすめ度】 A |
名古屋といえば、「みそかつ」「きしめん」そして、「金の鯱」。お土産屋さんに行っても「金鯱」だらけ。訪問前は「姫路城と比べたら、復元だしなぁ〜。」という印象だったのですが、本を読んでいくにつれ、無性に行きたくなってしまいました。 最初の訪問は清洲城のあと、時間の無い中タクシーで。(「回送」中のタクシーをつかまえ交渉した挙句、随分せかしてしまいました・・・。この時の親切な運転手さん、ありがとう。)この日は偶然にも、西北隅櫓(清洲櫓)の一般公開日でした。この櫓、清洲城の天守を移築したものだとか、清洲城の古材を使っているとか言われるものです。清洲からの移転がスピーディーだった事から、「清洲越」と言うそうですが、自分も「清洲越」してしまったようです。内部に入ると、「現存建築」ならではの何とも言えぬ威圧感が…。入り口付近に2,3点展示物がある程度で、あとは何もなく、またそれが良い雰囲気を醸し出していました。少し無理してタクシーで行った甲斐がありました。 |