向根古谷城 千葉県印旛郡酒々井町本佐倉
| (左)向根古谷城の空堀 (右)向根古谷城遠景:左が本佐倉城、右が向根古谷城です。 |
| 築城年 |
1585(天正13)年以降 |
| 歴代城主 |
千葉氏 |
| 別 名 |
向根古屋城、向根小屋城 |
| 形 式 |
平山城(丘城) |
| 遺 構 | 土塁、空堀 |
| 解 説 | 本佐倉城の南東約150mに位置し、出城的な役割を担っていたと推測される。二重の巨大な堀切と馬出しが存在し、後北条氏後期の特徴を持つことから、天正13年以降に後北条氏の直轄領となった後、本佐倉城防備強化のため、改修あるいは増設されたものと思われる。本佐倉城の一部とされることも多い。 |
| アクセス | 京成本線京成大佐倉駅〜徒歩20分 |
| 近くの城 |
本佐倉城、佐倉城、臼井城、師戸城など |
| 麓には公民館があります。 これが目印。 |
この藪。突入! |
わかりづらいですが、小曲輪が連続しているように見えました。 |
| 主郭部:畑になっていました。 |
空堀の堀底から |
空堀の周囲に土塁がありました。 |
| 馬出し跡:農道になっています。 |
こんもりとした突起が。土塁跡か? |
北西部の見張り台跡?: 祠がありました。 |
| 感 想 |
やっと念願かなって、本佐倉城再訪・向根古谷城訪問となりました。かなりの藪のため、やはり冬に来て正解でした。初めは入り口がわからず、正規の入り口(大規模な空堀があるところ)の反対側から“突入”しました。冬にもかかわらず、かなりの藪でしたが直進あるのみ、切岸を直登しました。この強引な“突入”は、埼玉県の天神山城を思い出さずにはいられませんでしたが、何とか主郭部分に到達。そこは畑となっており、おばさんがひとり農作業に精を出していました。藪の中から男が現れるのは不審ですね…。失礼しました。 この後、反対側に二重堀切があるのを発見。反対側からは楽に入れたんですね…。ところで、この堀切(空堀?)、すごい深さで、一応下には降りてみたものの、上がるのに苦労しました。堀底も藪とごみで移動が困難でした。 東京に戻って、マックに入ったのですが、上着を脱いだ途端、枯枝や枯れ葉がバサッ!恥ずかしいことこの上無かったです…。 |