本佐倉城A 千葉県印旛郡酒々井町本佐倉 ⇒本佐倉城@もご覧下さい。
| (左)セッタイ(セッテイ)山付近の空堀:ものすごい規模の空堀です。 (右)東の馬場から城山を見る。城山は本佐倉城の本郭です。(*城跡碑が立っています) |
| 築城年 |
文明年間(1469〜87)年 |
| 歴代城主 |
千葉氏 |
| 別 名 |
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| 形 式 |
平山城(丘城) |
| 遺 構 | 土塁、空堀、堀切など |
| 解 説 | 鎌倉幕府創設最大の功労者である千葉常胤の流れを汲み、関東八館に列せられた名門、千葉氏の本城。1455(康正1)年の馬加康胤の乱で、千葉本宗家を乗っ取った馬加系千葉氏は、輔胤の代にこの城を築き、千葉城から移転した。その後1590(天正18)年の滅亡まで9代にわたり居城とした。 天文年間の里見氏の北進に対し、後北条氏と同盟を結んだ事から、千葉氏は後北条氏に取り込まれることになり、戦国時代後半には、本佐倉城は後北条氏により大改修を施される。 三方向が湿地帯に囲まれ(現在は水田になっている)、「セッタイ山(セッテイ山)を防御の中心とし、本城部・向根古谷・惣構などからなる。 |
| アクセス | 京成本線京成本佐倉駅〜徒歩15分 |
| 近くの城 |
佐倉城、臼井城、国府台城 |
| 東の馬場付近: 城山の切岸 |
東の馬場付近: 東光寺ビョウと東の馬場を隔てる虎口 |
東の馬場虎口: 発掘調査が行われていました。 |
| 東の馬場虎口: ここの土塁もかなりの高さです |
東の馬場虎口: 赤白のコーンと比べてもらえれば規模がわかるかと思います。 |
東の馬場虎口: 東光寺ビョウ方向 |
| 東の馬場〜倉跡: 左は城山の切岸 |
東の馬場〜倉跡: ここも発掘調査中。この形は? |
城山と奥の山を隔てる堀切。いつ見ても凄い! |
| 感 想 【おすすめ度】 A |
⇒前回の様子は「本佐倉城@」をご覧下さい。 でも、見やすくなったことで、この城の迫力も倍増しました。とくに「セッテイ山」付近の空堀、「城山」と「奥ノ山」とを分断する堀切はいつ見ても凄いです。見どころという点では、杉山城や松山城と互角か、それ以上のような気もします。間違いなく関東を代表する“名城”だと自分は思うのですが、どうでしょう?(おすすめ度:見やすくなった事でAにランクアップ!) |